第4話: コンピューターおばあちゃん(コスモ版)
家族の中に老人がいて、一緒に生活した人は、たいがいの場合、テンションが低い。と、私は思う。小さい頃から老人を見て育つと、どこか達観してしまうのだろう。
悪く言えば「諦めがち」になる。私もそんな一人である。
特にうちの母親はその役を途中でエスケープした為、通常のそれより『濃い』おばあちゃん子であった。
参観日も、お弁当も、小言も、靴下の干し方も、持ち物に書かれた「さとうりさ」の名前も、どれをとってもおばあちゃん抜きには語れない。
そんな我が家のおばあちゃんも、最近では軽い痴呆症状が出てきた。
と、同時にその症状をかいくぐった幾つかの規則正しい行動がある。
つまり、彼女にプログラムされた、おそらく最後のルーティン・ワーク。
昨日取り込んだ洗濯物を次の日また干す(その洗濯物達はあと数年、取り込まれ、干され続けるのだ)。
犬と話す(何かを励まし合っている様子)。新聞のテレビ覧をチェックし、「さんま」が出る番組に赤を入れる(それでも忘れるので実際には見ない)。私が掲載された号の「散歩の達人」を開く(好調だと、人に見せる)。スーパーのビニール袋を本当に綺麗にたたむ。狭山茶を大量に飲む。「何でも忘れちゃって、やだねぇ。」と言う。仏像のような微笑みを浮かべる。これらはほぼ毎日繰り返されている。誰かが死んでも、地震があっても、飛行機が落ちても、戦争が始まっても、そのプログラムに支障はない。
今年5月まで、私は彼女のいる実家で1年間暮らした。毎日毎日、そんな彼女を目にして過ごしていたのだ。すると、ふとした瞬間に大きな疑問が私を襲う。
「アートってなんじゃらほい?」である。
日々確実に老いていく人間に、自分を重ね、今日やるべきことを考える。
そして、最後に残るものは何だろう、最後に欲しいモノは何だろうと考える。
私の生業は彼女のルーティン・ワークより意味があるのだろうか?
そのうち、自分が日々奮闘しているエリアの狭さに焦りを感じる。
もう、そこから思考は迷宮入りし、私はひとり、アトリエに向かう。
向かう途中、自転車に乗って自分に言い聞かせる。
「あれは、一つの独立した宇宙なんだ。」
彼女の宇宙には、彼女の宇宙の法則がある。
私は宇宙そのものに、存在理由を求めようとは思わない。
知りたくなんかない。
アトリエに一歩足を踏み入れればそこは私の宇宙である。
地震があっても、飛行機が落ちても、戦争が始まっても、私が死んでも、生んだ妄想に支障無し。
今日も私の宇宙は、私だけの法則と時間軸で星達が廻る。
推薦絵本:「おばあちゃん」ばるん舎/(文)谷川俊太郎/(絵)三輪滋
第3話: ホルマリン2
日本での捕鯨発祥地・和歌山県太地町にある『太地町立鯨の博物館』はなにげに世界一のスケールを誇っている。2001年の夏、私は友人達とここへ訪れた。
捕鯨の歴史をたどる巻き物(このイラストが面白い)や、どうみても無理矢理押し込んで展示したセミクジラの実物模型、それを追いかける勢子船と乗り組み員の実物模型、その他いろいろな鯨の骨格標本、鯨の餌及各種寄生虫、ナガスクジラの耳垢、、、。
他にもセミクジラの雌雄生殖器・内臓・脳もある。ただ、クジラの子宮も睾丸も大きすぎて何が何だかさっぱり解らない。いくらホルマリン漬けでもかなりの年数が経っているらしく、水の中でふやけてしまった座布団、もしくは煮崩れたおでんの具のような印象だった。
画像はスジイルカの胎児。イルカもクジラ目に属するから、様々な形で展示されている。どうしてだか、イルカの胎児はやたらとたくさん展示されている。どの胎児もうっすら笑っているように見える。
『イルカは頭がいい』。これはイルカに詳しくない人でも、TVや書物からの情報で認めるところだと思う。人を癒したり、自分達の言語を有したり、他にも専門の学者さんに聞いたら、数限り無い素晴らしいエピソードがあるに違いない。
その素晴らしいポジティブなイメージを人間が放っておくわけがなく、海に近づけば看板に、置き物に、Tシャツに、スイミングスクールには全快スマイルでメインのキャラクターに。
でも、『頭がいい』ということは、ある種の悲劇も生んでいるのではないかと思う。海で生まれ、海で育ったイルカが人に捕らえられ芸を仕込まれる。たとえそこで観客を喜ばせているとしても、『頭のいいイルカ』が感じる絶望はどのくらい大きくて深いのだろう。それとも絶望を乗り越え、観客への奉仕に新たな生き甲斐を見い出しているのだろうか。
博物館の中には屋内の展示品の他にもイルカ・アシカ・シャチがショーをする場所も設けられている。
「イルカと握手したい方は、外のステージ前に来て下さい。」的な館内放送が流れ、何となく友人達と外へ出てみる。
中央にステージがあり、脇には幾つかの水槽(コンクリート)がある。
イルカとの握手待ちで並んでいる間、その脇の水槽から顔を出している別のイルカと目が合った。
水面から顔を出し、じっとこっちを見ている、、、。その目を今でも忘れられない。直後に握手担当のイルカと対面した。彼は笑うように口を開け立ち上がり、懸命に頷きながらツルツルの堅い鰭を差し出していた。
私は苦笑いで彼の鰭を握った。
握手のために列をつくる人間。全ての人に公平に愛想を振りまくイルカ。
それを傍観している出番待ちのイルカ。
この日から私のイルカへの妄想は膨らむばかり。
いつか、偶然近くを泳げたらいい。
、、、これも、彼等に笑われそう。
あぁ。
第2話: ホルマリン 1
芸大の学生時代、解剖学を取っていた。
多分デッサンをより効果的に学ぶために人体の仕組みから学び取ろうという意味でこの科目が存在しているのだろう。(必修ではない)
私は学部と大学院を含め、6年間芸大にいた。その間、唯一『秀』を取ったのはこの科目である。そう、実技では一回もとることは出来なかった。
芸大での解剖学は1年ずつ、「骨」と「筋」に分かれており、2年越しでやっと修得することができる。 もともと年間の修得単位数が極端に少ない芸大の場合、週一の授業を2年間受け続けるのは、習慣的に言ってけっこう大変であった。それでもなぜこの学科を履修したかといえば、東大の標本室見学と解剖室での人体標本見学に連れて行ってもらえるからである。この見学会に参加するには、履修1年目の「骨」をクリアし、無事に2年目の「筋」を履修した者にしか参加権利は与えられない。
待ちに待った当日、まず最初に標本室に入る。
中は「シン」としており、ちょっとカビ臭い。それでも私には決して不快な臭いではなかった。
昔の角川映画の学園ものにありそうな、想像通りの雰囲気。
大きな棚に並んでいるのは、漱石の脳味噌、先天性奇形症候群の胎児、その他いろいろなホルマリン漬けである。天井近くの壁には入れ墨された皮膚がきれいに剥がされ、おおきな額に入っていた
そしていよいよ解剖室での人体標本見学。一面タイル張りの理科室といった感じ。
確か私達が入室した時にはすでに実験台(?)の上にその標本はカバーを被せられ、置いてあった。
第一印象は「何だかわからない」。色は茶色。スーパーに売っているカツオやマグロの煮つけそのもの。臭いはおそらくホルマリンの臭いが室内に充満していたはずだが、視覚からの影響で「だし醤油」の匂いがしていたんじゃなかったかと思ってしまう。
私達がその日に見た標本はもう既に20年は経っているとのことだった。それが、死亡してから20年なのか、ホルマリンから取り出してから20年だったか、忘れてしまった。でも、死亡してからかなりの長い期間、ホルマリンに漬けておく必要があるという話は憶えている、、、。
標本になられた方は、男性・40代・病死であった。
脳味噌、目玉はくり抜かれている。
もともと、医学部の学生が基本的な実習を行うための標本である。その標本の状態を見ると、かなりの数の学生が通り過ぎて行ったのだろうと想像できた。ところどころの筋肉がぼろぼろ崩れ落ちそうなのだ。
内臓のいくつかの器官は取り出して見ることができ、縦方向にきれいに分断されているので、器官そのものの中身の仕組みも見ることができる。肺の場合、固めのスポンジのようで、黒い斑点が着いていた。(喫煙者?)性器ももちろん分断されていて、尿道をハッキリと確認することができた。
こうして実物の人体の中身を見てみると、筋肉がかなりの割合を占めている。骨などは、体積でいったら非常に少ない。(脂肪は既に取り除かれている)特に、大腿部、腕首から肩にかけての は幾重にも筋肉が折り重なっていて、同じものが自分にもあると思うと不思議な気がした。
その他で印象的だったのは、助手をしていた女性が標本を裏返しにする時に、一瞬抱きかかえた時の絵であった。白衣を着た女性が「よいしょ。」といって、それをひっくり返す様子は標本それより奇妙だった。
おまけに、その日の見学会は女子美術大学の学生も一緒でえ、「わーきゃー」言いながら長い腸を引っ張り出したりしまったり。彼女達のそんな後ろ姿を見ているとバーゲン会場を思い出した。ちなみにこの時は、
女子美:芸大=8:2 くらい。
もう2度と見る事が出来ないと思うと残念でならない。
もしまたチャンスがきたなら、今度は女性の身体を見たい。
第一話
こもり系の皆様、お元気ですか。
私はひとり、楽しく読書をしています。
だって、誰にも会いたくないもん。
いいいじゃん、べつに。
、、、を、モットーに、頑張らないことを大事にしてます。
なので、遠慮なくがっかりしてくれていいサイトです。
だって、誰のいうことも聞きたくないんだもん。
つづく、、、
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